数学の具体的な計算にMaximaを使って、数学もMaximaも同時に学んでしまいましょう。今回はMaximaを使って3乗根を含む分数の有理化の計算をしてみたいと思います。2乗根を含む分数の有理化は高校数学でも取り扱いますが、3乗根を含んだ場合にはどのようにして有理化できるのでしょうか?ここではある数の3乗根を含む分数の有理化の公式を与えます。実は、その背後には方程式が代数的に解けるかどうかに関わる「ガロア理論」に関係する構造が潜んでいたりします。計算自体はシンプルなものですが、手計算では少々面倒で、計算機の便利さが実感できる題材だと思います。
2乗根を含む分数の有理化
まずウォーミングアップとして2乗根を含む分数の有理化を復習しましよう。実数
を与え、その逆数
を考えます。このとき、適当な因子を分母と分子に掛けて、分母に含まれる2乗根 を消してしまおうというのが「分母の有理化」です。高校数学でも習ったように、この数 を有理化するには
を考え、これを分母と分子に掛け合わせます:
これで分数が有理化されたことになります。
さて、上で写像 というのを考えていたことに注意しましょう。これは線形写像ですが、 の2乗根を
にうつします。さて、これらの数 ですが、それは方程式
の2つの解に他なりません。つまり、写像 はこの方程式の2つの解を入れ換える操作に対応しています。
この写像 の重要な性質が以下の2つです。まず1つめは
となって、写像を2回合成すると恒等写像になるということです。2つめは、写像が四則演算を保っているということです。つまり とすると
が成り立ちます。これを実際に確かめてみます。まずは和と差です。
kill(all)$ z1: a1*s+b1$ /* 2乗根を s として表現しています */ z2: a2*s+b2$ t(z):=expand(ratcoeff(z,s,0)-ratcoeff(z,s,1)*s)$ is(t(z1+z2)=t(z1)+t(z2)); is(t(z1-z2)=t(z1)-t(z2));
次に積と商ですが、 と の積には という項が出現するのでこれを に置き換える必要があります:
Ev(z):=subst(n, s^2, expand(z))$ is(t(Ev(z1*z2))=Ev(t(z1)*t(z2)));
また、商は分母を有理化して、示すべき式を
と書き換えます:
lhs: t(Ev(z1*t(z2))/Ev(z2*t(z2)))$ rhs: Ev(t(z1)*z2)/Ev(z2*t(z2))$ factor(lhs-rhs);
以上により、写像 が四則演算を保つことがわかりました。
3乗根の話にいく前に、とても重要な考察を述べておきます。有理化の本質は、分母が2乗根を含まない形に変形することでした。そこでいま一度、有理化の手続きを見直してみます:
右辺の分母に現れた という数ですが、これを写像 の性質を使って見直してみると
というように、写像 の作用に対して不変な組み合わせになっている、つまり2乗根を含まない形になっていることがわかります。少しまだるっこしいようですが、このような性質を見定めてその背後にある構造を見抜くことが、3乗根あるいは一般の累乗根を有理化するための補助線になります。
3乗根を含む分数の有理化
さて、それでは3乗根を含む分数の有理化に挑みます。そこで実数
を考え、その逆数
の分母から3乗根を消すための因子を求めてみます。このとき、2乗根の場合と同様に方程式
の解を考えましょう。これは3次方程式なので、解は3つあります。実際
が解になります。ただし は1の3乗根で
であり を満たします。Maximaで確かめると
kill(all)$ assume(n>0)$ solve(x^3=n, x); w: cos(2*%pi/3)+%i*sin(2*%pi/3); expand(w^2); expand(w^3);
です。
さて、2乗根の場合にやったように、上の方程式の解を入れ替える写像を考えてみたいわけですが、3つの対象を入れ替えるわけですから3次対称群の作用が考えられます。つまり3つの対象から1つを固定して残りの2つを入れ替える置換の操作が3つと、(恒等変換を含めた)巡回置換の操作が3つの、計6つの操作からなる群です。しかしここで注意しないといけないのは、これらの解の入れ替え は勝手にやっていいわけではなく、四則演算の操作と両立しなければいけないということです。つまり
を満たさないといけません。たとえば
という置換を考えると、 となるはずですが、これでは定義の第2番目の式と矛盾してしまいます。つまり (いまの場合 )が成り立ちません。
結局、四則演算との無矛盾性から、2つだけを入れ替えるという置換は不適当であることがわかります。そこでいま解の巡回置換
として写像 を定義します。すると
また、その合成は( であることを用いると矛盾なく計算できて)
を与えます。さらにもう一度写像を合成すると
となって恒等写像を与えます。以上の性質から、有理化の因子として
を考えると、右辺の分母の組み合わせ が写像 のもとで不変である、つまり3乗根を含まない形になっていることがわかります。
最後に、3乗根を含む分母の有理化の公式を与えておきましょう:
これはMaximaを使って以下のようにして求めました。
kill(all)$ s(f):=ratcoeff(f,t,0)*t^0+ratcoeff(f,t,1)*t^1*w+ratcoeff(f,t,2)*t^2*w^2$ z: p*t^2+q*t+r$ /* ここでは3乗根を t として記号化し、3乗根の次数をカウントしています */ Den: rat(subst( (sqrt(3)*%i-1)/2, w, z*s(z)*s(s(z)) ))$ D: subst(n^2, t^6, subst(n, t^3, expand(Den)))$ Num: rat(subst( (sqrt(3)*%i-1)/2, w, s(z)*s(s(z)) ))$ N: subst(n^2, t^6, subst(n, t^3, expand(Num)))$ N/D;
本記事で取り扱った計算を、4乗根、5乗根、…と拡張してみるのも良い練習問題になると思います。